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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)2162号 判決

原告 高橋登

当事者参加人 近藤虎雄

被告 森田益太郎

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、参加人と被告との間において、被告が、訴外斉藤市太郎、同株式会社斉電舎に対する東京高等裁判所昭和三三年(ネ)第一七六一号建物収去土地明渡請求控訴事件の執行力ある和解調書正本にもとづき、別紙目録〈省略〉記載の建物についてする強制執行はこれを許さない。

三、訴訟費用及び参加費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四、本件について当裁判所が原告のため昭和三八年三月二五日にした強制執行停止決定はこれを取り消す。

五、前項にかぎり仮に執行することができる。

事実

一、原告訴訟代理人は「原告と被告との間において、被告が訴外斉藤市太郎、同株式会社斉電舎に対する東京高等裁判所昭和三三年(ネ)第一七六一号建物収去土地明渡請求控訴事件の執行力ある和解調書正本にもとづき、別紙目録記載の建物についてする強制執行はこれを許さない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり述べた。

(一)  (請求の原因)

1、被告と訴外斉藤市太郎、同株式会社斉電舎間の東京高等裁判所昭和三三年(ネ)第一七六一号建物収去土地明渡請求控訴事件につき、昭和三六年六月一二日、右斉藤らは被告に対し、東京都北区田端町九六〇番地の一宅地三七四坪六合五勺のうち六〇坪(間口五間奥行一二間)を、昭和三七年一二月三一日までにその地上に存在する別紙目録記載の建物(以下本件建物という)より退去しかつ同建物の所有権を被告に移転する方法によつて明け渡すことを内容とする訴訟上の和解が成立してその旨の和解調書(以下本件債務名義という)が作成された。そして被告は昭和三八年二月二二日右債務名義の執行力ある正本にもとづき東京地方裁判所執行吏にその強制執行を委任し、執行吏は右斉藤らに対し本件建物からの退去の強制執行に着手した。

2、一方、原告は本件債務名義が成立する以前の昭和三一年七月三一日、当時本件建物の所有者であつた訴外斉藤市太郎に対し金一〇〇万円を弁済期五年後・利息年一割の定めで貸与するとゝもに、同人との間に弁済期に右貸金の弁済をしないときは、その弁済に代えて本件建物の所有権を原告に移転する旨の代物弁済の予約を締結し、同日本件建物につき右代物弁済予約にもとづく所有権移転請求権保全の仮登記をした。しかるに斉藤は右の弁済期を徒過したので原告は昭和三八年一月一一日斉藤に対して、右代物弁済の予約完結の意思表示をし、これによつて本件建物の所有権を取得するとともに、同日右仮登記の本登記手続をし、あわせて本件建物を占有改定の方法によりその引渡を受けると同時にこれを同人に賃貸した。

3、よつて、被告が本件建物につき本件債務名義の執行力ある正本にもとづく強制執行をすることは、原告の本件建物に対する所有権ならびに占有(間接占有)権を侵害することになるものであり、原告は右建物の引渡を妨ぐべき権利を有するものであるからここにその排除を求める。

(二)  (参加人の主張に対する答弁)参加人の主張(一)の2記載の事実を認める。

(三)  (被告の主張に対する答弁)被告の主張(二)記載の事実中、被告主張のとおりの仮処分が執行され、右仮処分は解放されることなく現在にいたつていることは認める。その余は争う。

二、参加人訴訟代理人は「主文第一項同旨ならびに参加費用は被告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり述べた。

(一)  (請求の原因および参加の理由)

1、原告の主張の(一)の1、2記載の事実をすべて援用する。

2、参加人は昭和三八年六月二一日原告から本件建物を買受けてその所有権を取得し、同日その旨所有権移転登記手続をするとともに、原告の訴外斉藤市太郎に対する本件建物についての貸主たる地位を承継した。

3、よつて、被告が本件建物につき前記の強制執行をすることは参加人の右建物に対する所有権ならびに占有(間接占有)権を侵害することになり参加人こそ右強制執行を妨ぐべき権利を有するものであるからここに原被告間の訴訟に参加して右強制執行の排除を求める。

(二)  (被告の主張に対する答弁)原告の答弁と同旨。

三、被告訴訟代理人は、原告ならびに参加人の請求に対し、いずれも請求棄却の判決を求め、次のとおり述べた。

(一)  (原告ならびに参加人の主張に対する答弁)原告の主張の(一)記載の事実につき、1の事実はすべて認める。2の事実のうち、その主張のごとき仮登記ならびに本登記がなされたことは認める。その余の事実は不知、参加人の主張の(一)の2記載の事実につき、その主張のごとき登記がなされたことは認める。その余の事実は否認する。

(二)  (抗弁)1、東京地方裁判所は昭和二七年一〇月三〇日、被告を債権者・訴外斉藤市太郎を債務者とする同庁昭和二七年(ヨ)第五八二一号不動産仮処分申立事件につき、「債務者の本件建物に対する占有を解いて、債権者の委任した執行吏にその保管を命ずる。執行吏はその現状を変更しないことを条件として債務者にその使用を許さなければならない。但しこの場合においては、執行吏はその保管に係ることを公示するため適当の方法をとるべく、債務者はこの占有を他人に移転し、または占有名義を変更してはならない。」旨のいわゆる現状変更ないし占有移転禁止の仮処分決定をし、右決定は同年一一月五日に執行されて解放されることなく現在にいたつている。すなわち、訴外斉藤市太郎は右仮処分によつて本件建物の占有移転ないし占有名義の変更その他の現状変更を禁止されたまゝになつていた。したがつて、原告は右斉藤から本件建物の占有権を取得しえないことは勿論、仮に原告が右斉藤から本件建物の所有権を取得したとしても、右仮処分の効力が存続するかぎり、少なくとも仮処分債権者たる被告との関係においては、本件建物を自己の名義において現実に占有使用しえないものである(すなわち占有権限をともなわない所有権を取得したというにすぎない)。かように原告が被告との関係において本件建物を現実に占有使用しえないものである以上、原告は被告に対し、いまだ本件建物につきその引渡を妨ぐる権利を有していないものというべく、このことは原告の地位を承継したとする参加人についても同様であるから、原告ならびに参加人の請求はいずれも失当である。

2、また、原告が本件建物の所有権ならびに貸主たる地位を参加人に譲渡したのだとすれば、少なくとも原告の請求はすでにこの点において理由がない。

四、証拠関係〈省略〉

理由

一、被告と訴外斉藤市太郎、同株式会社斉電舎との間の東京高等裁判所昭和三三年(ネ)第一七六一号建物収去土地明渡請求控訴事件につき、昭和三六年六月一二日右斉藤らは被告に対し東京都北区田端町九六〇番地の一宅地三七四坪六合五勺のうち六〇坪(間口五間奥行一二間)を、昭和三七年一二月三一日までにその地上に存在する別紙目録記載の建物(本件建物)より退去しかつ同建物の所有権を被告に移転する方法によつて明け渡すことを内容とする訴訟上の和解が成立してその旨の和解調書(本件債務名義)が作成されたこと、被告が昭和三八年二月二二日右債務名義の執行力ある正本にもとづき、裁判所執行吏にその執行を委任し、同執行吏は右斉藤らに対し本件建物からの退去による強制執行に着手したことは当事者間に争いがない。

二、そこで原告ないし参加人が被告に対し、被告の右強制執行を妨げるべき権利を有しているかどうかにつき判断する。

(一)  成立に争いのない甲第一ないし第三号証、乙第一号証、丙第一号証の各記載ならびに弁論の全趣旨をあわせると、原告は昭和三一年七月三一日、当時本件建物の所有者であつた訴外斉藤市太郎に対し金一〇〇万円を弁済期五年後の定めで貸与するとともに、同人との間に弁済期に右貸金の弁済がないときはその弁済に代えて本件建物の所有権を原告に移転する旨の代物弁済の予約を締結し、同日本件建物につき右予約にもとづく所有権移転請求権保全の仮登記(但し登記簿上は売買予約にもとずく仮登記)をしたが、右斉藤が右の弁済期を徒過したため昭和三八年一月一一日同人に対し右代物弁済の予約完結の意思表示をしたうえ翌一二日右仮登記の本登記手続をしたこと、その後昭和三八年六月二一日原告は参加人に対し本件建物を売渡し、同日その旨の所有権移転登記手続をしたこと、以上の事実が認められ、これをくつがえすに足る証拠がない。右の事実によると、原告は訴外斉藤市太郎から、参加人はさらに原告から、それぞれ本件建物の所有権を承継取得し、参加人が現にその所有権者であると認められる。

(二)  ところで、本件債務名義の内容は要するに、訴外斉藤市太郎らは被告に対し、本件建物から退去しかつその所有権を被告に移転する方法によつて、その敷地を明け渡すというにあつて、究極において土地明渡が主眼であるが、その目的を達するために本件建物からの退去及び建物所有権移転による建物引渡を内容とするのであつて、結局土地明渡の過程ないし手段として右建物明渡及び引渡が規定されているものであることは自明である。したがつて本件債務名義にもとづく強制執行はたんなる土地の明渡だけではなくその実現の手段としての本件建物の明渡及び引渡の執行をもその内容に包含しているものといわなければならない。むしろこの場合斉藤が本件建物所有権を被告に移転し、自らは右建物から退去するのは、通常の場合の建物収去、土地明渡にかわるものであることは明らかであつて、被告が明渡及び引渡を受けたうえで本件建物を収去して土地を更地にし、よつてもつて土地明渡の結果をうるのは爾後の処分ということになる。この故に本件債務名義にもとづく強制執行としてはもつぱら右建物の明渡及び引渡がその強制的実現の目的となるのである。しかして本件建物の明渡及び引渡の強制執行により、本件建物占有が執行吏を経て被告に移転されることは現に本件建物所有者である参加人の所有権を害することはみやすい道理である。

(三)  もつとも参加人の本件建物所有権の取得は本件債務名義の成立すなわち被告と斉藤らとの訴訟上の和解の後であるから、参加人としては被告に対する関係において右のごとき執行による、侵害を受忍すべき法律上の義務を有するのではないかとの疑問がないでもない。すなわち、さきに認定したところから明らかなとおり、原告は、被告と訴外斉藤市太郎らとの間において前記のごとき内容の和解が成立した後において、代物弁済によつて右斉藤から本件建物所有権を取得しその所有者たる地位を承継したものであり、参加人はさらにその後において原告からその地位を承継したものであるから、確定判決におけるいわゆる口頭弁論終結後の承継人の場合と同様、右和解にもとづく本件債務名義は参加人に対してもその効力を有するのではないか、したがつて参加人は被告との関係において本件債務名義にもとづく執行を受けるべき運命をになつている本件建物をあえて取得したのであるから右執行によつてこうむるべき一切の不利益を受忍すべき義務があるのではないかという疑問である。しかしさきに認定したとおり、参加人の前主たる原告が本件建物の所有権を取得した原因である代物弁済の予約にもとづく所有権移転請求権(登記簿上は売買予約によるものとされているが、その理は同一である)は、本件債務名義が成立する以前においてあらかじめ仮登記されていたのであるから、原告が右請求権にもとずき本件建物の所有権を取得してその本登記手続をした以上、原告は右仮登記の時にさかのぼつてその所有権取得の順位を保全しうべき地位にあつたものというべく、かゝる場合には、たとえその所有権取得ならびにその登記の時期が、前記のごとき内容の本件債務名義が作成された後であつたとしても右債務名義の効力は、少なくとも仮登記によつてすでにその順位を保全されていた原告の所有権を侵害する限度においては、その権利者たる原告には及ばず、従つて原告はかかる侵害を受忍すべき義務がないと解するのが相当である。けだし原告の所有権が仮登記の当時にさかのぼつて順位を保全される結果、結局仮登記以後本登記までの間に本件建物についてなされる一切の処分にして原告の所有権に影響を及ぼすものはすべて原告に対抗し得ないこと、あたかも無権利者のした処分と同様であつて、斉藤に本件建物所有権の存することを前提としてなされた右訴訟上の和解における斉藤の処分は原告に対する関係では無権利者の処分と全く同様の関係に立つものといい得るからである。

しかして原告において、かかる侵害を受忍すべき義務がない以上、これからその地位を承継した参加人においてもその義務のないことは明らかである。

(四)  次に被告主張の仮処分の点につき判断する。当裁判所が昭和二七年一〇月三〇日、被告を債権者、斉藤市太郎を債務者として本件建物につき被告主張のごとき内容の占有移転禁止および現状不変更の仮処分決定をし、その仮処分決定は同年一一月五日に執行されて解放されることなく現在にいたつていることは当事者間に争いがない。

しかして、被告は本件建物につき右のごとき仮処分がなされている以上その効力によつて、原告ないし参加人は本件建物につきこれが占有を取得しえず、従つて本件債務名義にもとづく被告の前記強制執行を妨げる権利を有するものではないと主張する。しかし右仮処分はいわゆる譲渡禁止の仮処分と異り、少くとも仮処分債務者がその目的物件の所有権を他に移転することになんらこれを禁止する効力を有しないものであることは明らかであるから、右仮処分がなされているからといつてその後において原告ないし参加人が本件建物の所有権を取得すること自体は少しも妨げないものというべく、したがつて原告ないし参加人が本件建物の所有権を取得してその移転登記を経由した以上、右仮処分の解放をまつまでもなく、その所有権の取得を被告に対抗しうるものであることはいうまでもない。また、右仮処分はいわゆる明渡断行の仮処分と異り、当該係争物件について現実の占有者の変動その他の事実状態の変更を防止して、当該物件の事実状態を仮処分執行当時におけるままの状態に維持することをもつて当面の目的としているにすぎないものであるところ、仮処分はその当面の目的を達するのに必要な最小限度においてその効力を認めれば足りるものと解されるから、仮に原告ないし参加人が前記仮処分によつて本件建物に対する所有権の行使につき現実の占有の取得が妨げられる等なんらかの制約をうけなければならない筋合であるとしても、その制約は右仮処分の目的すなわち本件建物の事実状態を右仮処分執行当時のまゝの状態に維持しておくということのために必要な限度にかぎられるべきものであつて、右の限度を超えてまでその効力を及ぼし得るものではない。

しかるに、被告が本件債務名義にもとづき本件建物について行う強制執行は、本件建物を任意収去する前提としてその現実の占有を、斉藤市太郎が占有している現在の状態からさらにすすんで被告のもとに移転せしめるものであつて被告はその引渡の強制的実現を得れば直ちにこれを解体収去し、本件建物は滅失するにいたるべきことはその必至の過程というべきである。これは明らかにすでに事態が仮処分執行当時のまゝの事実状態の保存という前記仮処分の目的達成に必要な限度をはるかに超える段階にいたつていることを示すものであり、これが原告ないし参加人の本件建物に対する所有権そのものを侵害することとなるものであることは自明である。したがつて原告ないし参加人の所有権は、前記仮処分によつて制約されるとしても被告が本件建物を収去のため引渡を受けることについては、その限度でこれが引渡を妨げる権利たりうることは明らかで右仮処分の制約はこれに及ばないものといわなければならない。この点に関する被告の主張は失当である。

(五)  されば、本件建物につき現にその所有権を有する参加人はその所有権にもとづき、これを侵害するところの被告の本件建物に対する前記強制執行を排除しうるものといわなければならない。しかし原告はすでに本件建物について所有権を有しないことは前記のとおりであるから、原告が現に右所有権を有することを前提とする本訴請求は失当といわなければならない。

三、よつて、参加人の請求は理由があるのでこれを認容することとし、原告の請求は、理由のないものとしてこれを棄却することとし、さきに当裁判所が本件につき原告のためにした強制執行停止決定は原告のためにはこれを取消すべく、右取消及びその仮執行の宣言につき民事訴訟法第五四八条第一項、第二項を、訴訟費用及び参加費用の負担につき同法第八九条、第九〇条、第九四条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 中川幹郎 渡辺忠嗣)

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